「離婚しない場合の慰謝料は数十万」は本当か?

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離婚しない場合の慰謝料額

最近、相談者の方や、事件の相手方から、離婚しない場合の慰謝料は数十万円程度という情報を提示されることが珍しくありません。
相談者:「離婚しないと数十万円しか認められないんですよね?」とか、相手方:「離婚しないなら数十万円ですよね。200万円は高すぎないですか?」といった具合です。

確かに、裁判所は、不貞によって、離婚(婚姻破綻)するか否かを慰謝料算定の考慮要素としています。そして、離婚(婚姻破綻)しなかった事案について、慰謝料額が数十万円になる裁判例が多いのは事実です。以下の裁判例は、そのことを明言しています。

殊に、不貞行為によっても婚姻関係が破綻するに至っていないことは、不貞慰謝料の額を限定的に評価すべき方向に傾く重要な事情といえる(実際、不貞行為によっても婚姻関係が破綻するに至らなかった事案については慰謝料額を数十万円と算定する裁判例も多い。)。

東京地方裁判所令和元年(ワ)21701号 令和3年12月24日判決 WESTLAW(2021WLJPCA12248042)

しかし、問題はそう単純ではありません。なぜなら、上記の裁判例は、婚姻は破綻していないと認定しているにも関わらず、175万円の慰謝料を認めているからです。本来、数十万円のはずが175万円ですから、少なく見積っても、100万円は増額している計算になります。

事後対応の悪質性

上記の裁判例では、被告が、原告に対し、不貞行為中の写真を送りつけたり、妊娠中絶したと嘘をついて、不貞慰謝料請求権を行使しないという合意書にサインさせたりした上、訴訟でも虚偽の主張を続けており、事後対応が非常に悪質な事案でした。こういった事後対応の悪質性は、慰謝料額を増額する方向に働きます。

まず、不貞相手の配偶者へ不貞行為中の写真を送りつける行為は、婚姻関係への積極的な攻撃と言ってよいので、慰謝料を大幅に増額させる事由になるでしょう。

また、妊娠中絶した旨の嘘をついて、不貞慰謝料請求権を行使しない合意書にサインさせたのは、嘘で騙して、正当な権利行使を妨害する行為として、慰謝料増額事由となります。

ここまで悪質な事例は、あまり多くないですが、たとえば、不貞があったのに、なかったと主張するなど、訴訟上で虚偽の主張をする事例は、それほど珍しくありません。裁判所は、訴訟上、重要な事項について、虚偽の主張をする行為を慰謝料増額事由と考えているようです。

離婚(婚姻破綻)しない場合の不貞慰謝料額は数十万円というのは、ある程度、事実ではありますが、決して、それだけで慰謝料額が決まるわけではないということに十分注意する必要があります。特に、被告側が、実際は不貞をしていたのに、不貞していなかったと嘘をつくのは、負けたときの慰謝料額が増額になるリスクと引き換えと考えた方が良いでしょう。

不貞発覚から判決までの期間

上記裁判例は、平成31年3月28日に不貞が発覚し、判決が令和3年12月24日ですから、不貞発覚から口頭弁論終結まで、2年半以上経過しています。これだけ期間が空くと、不貞が原因で離婚(婚姻破綻)したか否かという点についても、事実認定が可能かもしれません。

しかし、たとえば、不貞発覚から半年くらいだとどうでしょうか?不貞が明らかになったからといって、すぐに離婚するか婚姻を継続するか決められる人ばかりではありません。特に、子どもがいる場合はなおさらです。破綻しているけど、子どもの生活のために、しばらく婚姻生活を続けるという判断をする人もいるでしょうし、なんとか修復しようと努力したけど、1年後に離婚になるという人もいるでしょう。こういった事情に鑑みれば、まだ離婚していないというだけで裁判所が数十万円という算定をしてくれるとは限らないのです。

一般に、不貞発覚から時間が経過すればするほど、今後も離婚しない可能性が高くなり、婚姻破綻しなかったと認定されやすくなるでしょう。逆に、不貞発覚から、あまり時間が経過していない場合、たとえ現状では離婚に至っていなくても、裁判所は、婚姻が破綻しなかったと認定することに躊躇せざるを得ないと思われます。

「離婚しなかったら数十万円」への向き合い方

このように、離婚しなかったら数十万円というのも、実際の事件では、そう簡単に適用できる話ではないのです。それにもかかわらず、離婚しなかったら数十万円という基準が一人歩きして、「数十万円しか払わなくて良い」とか、「数十万円しか請求できない」と誤解される方も珍しくありません。

慰謝料は、法律上、裁判官が裁量で決めることになっており、一定の相場はありますが、絶対の基準は存在しないということを十分理解しておく必要があります。

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