違法に入手した証拠でも慰謝料は認められるのか

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民事訴訟における違法収集証拠排除法則

勝手に他人の携帯を覗き見たり、プライバシーを侵害して入手した証拠でも、不貞慰謝料は支払わなければならないのでしょうか。結論としては、理論的には無制限に認められるわけではないものの、実際には問題視されないことが多いといえます。

訴訟手続において用いようとする証拠が著しく反社会的な手段によって収集されたものであるなど、それを証拠として用いることが訴訟上の信義則に照らしておよそ許容できないような事情がある場合には、当該証拠の証拠能力が否定されると解すべきである。

東京地裁平成30年3月27日

裁判所は、著しく反社会的な手段によって収集された場合には、証拠能力を否定する考え方を取っています。しかし、不貞慰謝料で提出される探偵の尾行、盗撮、携帯の覗き見などでは、証拠能力が否定される例はほとんど存在しないのが現実です。

ある元裁判官は、次のように述べています。

日本の実務では、離婚訴訟の場合に相手方の所有・支配にかかる手紙やメールを持ち出す、コピーする、配偶者の不貞の相手方に対する慰謝料請求の場合に探偵社に依頼して相手方の行動を無断撮影等する、などの手段によって得られた証拠がほぼ無制限に用いられており・・・

【民事訴訟法】瀬木比呂志著・日本評論社・2019年3月15日・305頁

元裁判官の実感としても、ほとんど野放し状態であることが分かります。

とはいえ、勘違いしてはいけないのは、裁判所は、一貫して、著しく反社会的な手段で収集した場合には証拠能力を否定するという態度を取っていることです。実際の訴訟では、著しく反社会的な手段とまではなかなか認められないというだけで、どんな場合でも絶対大丈夫というわけではありません。

探偵の尾行・写真撮影について

尾行したり、ラブホテルに入る場面を写真撮影したりする分には、違法ではありません。

探偵業法という法律があり、探偵には、その範囲で一定の調査が認められています。もちろん、他人の住居に勝手に侵入したり、電話を盗聴したりすることまで認められているわけではありませんが、少なくとも、探偵業法に定められている範囲では、違法ではないということになるでしょう。

この法律において「探偵業務」とは、他人の依頼を受けて、特定人の所在又は行動についての情報であって当該依頼に係るものを収集することを目的として面接による聞込み、尾行、張込みその他これらに類する方法により実地の調査を行い、その調査の結果を当該依頼者に報告する業務をいう。

探偵業の業務の適正化に関する法律2条1項

基本的に、路上を歩いているのを尾行したり、ラブホテルの入り口、ビジネスホテルのロビー、自宅の入り口などを写真撮影する程度では、適法と認められる可能性が高いと思われます。もちろん、他人の部屋に侵入したり、盗聴器を仕掛けたりすれば、違法と評価されるでしょうが、まともな探偵業者であれば、まずあり得ないでしょう。

携帯メールやLINEの盗み見について

配偶者が携帯メールやLINEなどを盗み見て、不貞が発覚する例は多いです。発見したときに、自身のメールアドレスに転送したり、スクリーンショットを撮って保存したりしたものが、証拠として提出されることになります。この種の証拠は、ほとんど証拠能力が認められており、裁判例では、違法収集証拠として排除されたものは見当たりません。

ただし、不正アクセス(不正アクセス禁止法3条)で入手した場合には、証拠能力が否定される可能性があります。著しく反社会的な手段に該当するかどうかを判断する際、刑事罰に該当するかどうかは重要な要素です。法律学者の中には、刑事罰に該当する行為で入手した場合には、基本的に証拠能力を否定するべきと言う人もいます。不正アクセスには、三年以下の懲役又は百万円以下の罰金(不正アクセス禁止法11条)が定められていますので、これに該当する場合には、証拠能力が否定される可能性が高いと考えられます。

ところで、不正アクセスとは、アクセス制御機能を有する特定電子計算機に電気通信回線を通じて当該アクセス制御機能に係る他人の識別符号を入力して当該特定電子計算機を作動させ、当該アクセス制御機能により制限されている特定利用をし得る状態にさせる行為(不正アクセス禁止法2条4項1号)などのことです。重要なのは、電気通信回線(=インターネット回線)を通じてという部分で、インターネット回線を通じてIDやパスワードなどを入力するなどしてサーバー上のデータにアクセスしなければ不正アクセスとは言えないことになります。

スマホのパスコードロックを外しただけでは、そのスマホのデータを見ただけで、インターネット回線を通じてIDやパスワードを入力していないので、不正アクセスではないということになります。他方、IDやパスワードを入手して、クラウド上に保存されているメールやトーク履歴を勝手にダウンロードすれば、不正アクセスということになるでしょう。

ちなみに、LINEのトーク履歴は、他のパソコンからIDとパスワードでログインして入手することもでき、この場合は不正アクセスになりますが、パソコンからログインがあった場合、携帯の方のLINEアプリに「パソコンからログインがあった」という通知が来る仕組みになっているようです。

秘密録音・録画について

たとえば、自宅や自動車に録音録画機器を付けたりして、不貞の決定的現場を押さえる場合です。この場合、請求側が、自分の配偶者の不貞を疑って、自分の家に設置したり、自分や配偶者の自動車に設置したりする例がほとんどだと思います(不貞相手の家や自動車に侵入して設置する例はほとんどないでしょう)。自分の家や家族の自動車なので、犯罪に該当することもありませんし、プライバシー侵害の程度も悪質とまでは言えず、証拠能力が否定されることはないと思われます。

もちろん、配偶者を問い詰めて、不貞を自白した場面を秘密録音した場合も、証拠能力が否定されることはありません。

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