離婚は慰謝料の増額事由になるか

従来、離婚は慰謝料の増額事由と考えられていました。しかし、離婚しても、不貞相手に「離婚させたことを理由とする慰謝料」を請求することはできないという最高裁判決(平成31年2月19日)が出ました。これにより、離婚は慰謝料の増額事由としても認められなくなったのでしょうか。

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平成31年2月19日最高裁判決

夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではないが,協議上の離婚と裁判上の離婚のいずれであっても,離婚による婚姻の解消は,本来,当該夫婦の間で決められるべき事柄である。
したがって,夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は,これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても,当該夫婦の他方に対し,不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして,直ちに,当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはないと解される。第三者がそのことを理由とする不法行為責任を負うのは,当該第三者が,単に夫婦の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず,当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られるというべきである。

最判平成31年2月19日 民集73巻2号187頁

離婚を慰謝料の増額事由として考慮することは許されるという見解

離婚を慰謝料増額事由として考慮することは許されるという考え方はあり得ます。
実際、最高裁の調査官も、次のように解説しています。

不貞慰謝料額の算定において,これまで下級審の裁判例では,不貞行為の結果,婚姻関係が破綻し,離婚するに至った場合においては,そのことを考慮することが多かったといえるところ,本判決の考え方からすると,単純に損害として離婚自体慰謝料を上乗せすることは許されないものと考えられる。他方で,不貞行為の結果,婚姻が破綻し,離婚するに至った場合には,不貞慰謝料の被侵害利益である「夫又は妻としての権利」という人格的利益に対する侵害も大きかったものと評価することができるであろう。したがって,前記のような事情について,慰謝料の増額要素として考慮すること自体は許されるものと解される。

法律のひろば 令和1年7月号 54頁,判例タイムズ1461号28頁

つまり、「不貞があっても、離婚するかどうかは夫婦の問題である」というのが最高裁の論理ですが、不貞による精神的ショックの大きさを測る物差しにするのはOK(最高裁の論理と矛盾しない)かもしれません。

離婚を増額事由として考慮するのは矛盾じゃないか?

しかし、よく考えると、離婚を増額事由にするのは、最高裁の論理と矛盾する気がします。

「離婚による婚姻の解消は,本来,当該夫婦の間で決められるべき事柄」とは、単に「不貞があっても離婚するとは限らない」という意味ではありません。それだと、長時間残業をしても過労自殺するとは限らないということになり、労災も認められなくなるでしょう。そうではなく、「離婚は夫婦間の色々な諸事情が連鎖的に作用して決まるので、離婚を不貞の当然の結果のように見ることはできない」という意味です。

夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではなく,当該夫婦という二人の人間の間の作用・反作用の無数の連鎖反応の過程の結果,離婚に至るものであると考えられる(川島武宜「離婚慰藉料と財産分与との関係」我妻先生還暦記念『損害賠償責任の研究(上)』〔有斐閣,1957〕271頁参照)。そして,当該夫婦からみると,部外者である第三者については,通常は,そのような無数の連鎖反応を観念することができず,第三者の行為について,その行為から離婚に至るまでの一連の経過を1個の不法行為として捉えるための前提を欠くように思われる。また,婚姻の解消は,本来的には夫婦の自由意思によって決定されるものであって,離婚慰謝料の被侵害利益である「配偶者たる地位」を喪失するに至るまでには,必ず配偶者の自由意思が介在することとなる。すなわち,部外者である第三者は,通常は,「配偶者たる地位」を直接的に侵害することはできないものと解される。

法律のひろば 令和1年7月号 54頁,判例タイムズ1461号28頁

しかし、離婚に至る過程が一様ではないというなら、離婚したからといって、不貞による精神的ショックが大きかったと言えるでしょうか?夫婦関係がもともと壊滅的な状態だったところ、不貞をきっかけに離婚に至るというケースもあるはずです。他方、経済的理由や子どものために離婚しない場合もあるでしょうから、離婚しないからといって、精神的ショックが小さかったとも言えないはずです。
「でも、不貞のショックが大きかったから離婚する場合もあるよね?」と思うかもしれません。その通りですが、それは、そういう場合もあるというだけで、離婚という事実から精神的ショックの大きさを「逆算」するのは、「離婚による婚姻の解消は,本来,当該夫婦の間で決められるべき事柄」という最高裁の論理とは矛盾するのではないでしょうか。

不貞慰謝料は離婚慰謝料より安くなるはず

少なくとも、不貞慰謝料は、離婚慰謝料の一部分ですから、離婚慰謝料よりは安くなるはずです。そして、配偶者と不貞をした第三者に対しては、離婚慰謝料を請求することができなくなったのですから、今後、不貞行為に基づく慰謝料相場の低額化傾向が加速する可能性があります。

不貞相手に対して請求された不貞慰謝料に係る債務と,配偶者が負っていた離婚慰謝料に係る債務は,不真正連帯債務になるものと解される(最一小判平成6年11月24日集民173号431頁,判タ867号165頁参照)が,両者は,被侵害利益が異なり,慰謝料の中身が異なる(不貞慰謝料には,離婚自体によって発生する慰謝料を含まない。)ため,このことを考慮して損害額を算定する必要があり,通常は,損害額が異なることとなる(不貞以外の事情が認められない場合は,離婚慰謝料の方が多額になる。)ものと解される。

法律のひろば 令和1年7月号 54頁,判例タイムズ1461号28頁

減額交渉の仕方

離婚が慰謝料の増額事由になるかどうか、はっきりしませんが、少なくとも、「離婚したら200万円だけど、離婚しなければ100万円」のように、極端な差を付けるのは、最高裁の論理と整合しないように思われます。不貞慰謝料を請求する弁護士の中には、「離婚するから」という理由で高額な慰謝料を請求してくる例もありますが、離婚の有無は、必ずしも、決定的な要素にならないと考えて交渉するべきです。

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