探偵の調査費用は支払わなければならないのでしょうか。弁護士に訊いても、はっきりしない回答が返ってくることがあるこの問題を整理しておきます。
裁判官によって考え方が違う
多くの裁判例の立場は、調査が必要だったなら認めるが、必要でなかったなら認めないというものです。実際、この考え方に基づき、「必要だった」として、調査費用の賠償を認めた裁判例は珍しくありません。ただし、そのほとんどは調査費用の全額を認めるものではなく、一部を認めるものです。
被告及びAが共に本件不貞行為の存在を否認していることに鑑みると,原告が被告の不法行為責任を追及するに当たり,被告及びAの行動調査を依頼し,その調査結果を取得する必要性は高かったといえるから,上記調査費用(筆者注:調査費用の総額は401万7600円)のうち40万円を,本件不貞行為に係る被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認める。
東京地裁令2・3・5
上記認定事実によれば,原告は4回にわたってAの不貞行為の調査を探偵業を営む会社に依頼し,その費用として合計153万5200円を支払ったことが認められる。しかしながら,調査費用は本件不貞行為との間に相当因果関係が認められる限度で損害と認められるものであるところ,1回目の調査では何らの有用な証拠が得られなかった一方,2回目の調査で決定的な証拠が得られたこと,各回の調査に要した金額,被告は本件訴訟においてAとの不貞行為を認めているものの,訴訟前の段階では自らの責任を明確に認めてはいなかったこと等の事情を総合すると,本件不貞行為との間に相当因果関係が認められる調査費用は40万円であると認められる。
東京地裁令和1・8・29
他方、「必要でなかった」として、調査費用の賠償を否定したものも多くあります。
本件では,訴外Aが何らかの不貞行為を行っていることを容易に推測・説明できる状況であり,このほか,業者への調査依頼後ではあるものの,原告は,訴外Aの携帯電話から本件不貞行為の内容や相手方についての決定的な資料を得ており,同資料は業者による調査とは独立して得られたものである。そうすると,業者による調査が必要不可欠であったとはいえず,調査費用につき,本件不貞行為と相当因果関係のある損害であると認めることまではできない。
東京地裁令2・9・25
たとえば、最初から証拠を握っていたのに、ダメ押しで決定的な写真が欲しいと考え、探偵に依頼した場合、別に必要でなかったということになり、調査費用は認められないということになりそうです。また、最初から相手が不貞を自白している場合も同じでしょう。
しかし、実は、証拠や自白がなかったとしても、証拠収集は自己責任という考え方を示唆して調査費用の賠償を否定する裁判例も多いのです。弁護士の回答が必ずしも明確でない理由はここにあり、裁判所の判断が分かれていると言わざるを得ない状況です。
調査費用を否定する裁判所の考え方を理解するには、次の裁判例が分かりやすく、参考になります。
いかなる方法、費用で証拠を収集するかは基本的に損害賠償請求をする者の判断によるものであり、また、本件における調査は、対象者を追尾してその行動を写真撮影するなどして記録するというものであり、特別な専門性が求められるものであるとはいえないことからすると、かかる調査が特に必要であったというような事情がない限り、調査費用を損害として認めることは相当でないと解する。
東京地裁平31・1・11
- 大原則
-
いかなる方法、費用で証拠を収集するかは基本的に損害賠償請求をする者の判断→裁判所は、証拠収集手段にかかった費用は自己負担という大原則を取っているということになります。
- 例外①「特別な専門性が求められるもの」
-
特別な専門性が求められるもの→裁判所には特別な専門性が求められる証拠収集まで賠償を否定したくないという考えがあります。たとえば性犯罪の被害を証明するためにDNA鑑定をしたという場合まで、費用の賠償が否定されるわけではありません。不貞の調査でも、特別な専門性のある調査が必要だった場合なら、調査費用の賠償が認められるかもしれませんが、ほとんどのケースは探偵費用なので、例外①には該当しないことが多いはずです。
- 例外②「特別な専門性は求められないが、特に必要であったというような事情がある」
-
かかる調査が特に必要であったというような事情→探偵の調査費用が認められるとすれば、この部分だと思います。しかし、「自分で尾行することもできたではないか。」とか、「他の証拠収集手段もあったではないか。」と考えることができる場合も多いと思われます。
しかし、裁判例の中には、たとえ必要不可欠な役割を果たそうと、調査費用は一切認めないと読めるものもあります。
原告が探偵業者に依頼して取得した調査報告書が,頑強にAとの不貞関係を否認する被告の不貞行為の事実の立証のために不可欠の役割を果たしたことは否定できないとしても,この種の不貞事案における探偵業者を通じた調査結果の取得は,詰まるところ,不法行為の被害者における立証手段の獲得に尽きるのであるから,こうした被害者の訴訟での立証を確実なものとするために自らの選択で支出した弁護士費用以外の費用について,これを当然に加害者の不法行為と相当因果関係のある損害に当たると捉えるのは困難というべきである。
東京地裁令2・2・20
調査費用が認められやすくなる要素
裁判例を概観すると、次のような要素があると、調査費用の賠償が認められやすくなります。
- 他に証拠がなく、調べる方法もない
- 調査結果が不貞を証明する役に立っている
- 被告が不貞を否認している
慰謝料増額事由になる場合もある
原告は調査費用73万6032円をも損害として請求するが,調査費用は不貞関係の把握のために有効であることは確かであるとしても,一般に不貞行為という不法行為から生ずる費用とまでは言い難く,相当因果関係があるとは認め難い。上記のような被告の不合理な弁解を繰り返す応訴態度からすると,調査結果がなければ一切の不貞行為を否認した可能性は少なくないと思料されるが,(中略)この点は慰謝料の算定において考慮すべき要素と解する。
東京地方裁判所 平成29年12月19日
この裁判例では、調査が有効であっても、調査結果がなければ一切の不貞行為を否認した可能性が少なくなくても、それでも、賠償を認めないという考え方を取っています。既に解説したように、このような裁判例も少なくありません。しかし、慰謝料の増額事由として考慮している裁判例は、それなりの数が存在しています。
調査費用を請求された場合の交渉方針
たとえ必要であろうと調査費用は一切認めないという裁判例も多く、全体的な傾向としては、認められ難いと言えます。したがって、交渉段階では、調査費用の支払いを拒否するのが、基本的方針となることが多いでしょう。ただ、相手が調査費用にこだわっている場合、非常識な額でなければ、調査費用名目で支払った方が、和解がまとまりやすい場合も考えられますね。支払う方としては、慰謝料と併せて、総額でいくらになるのかが重要です。
また、訴訟になった場合、不貞を否認していることが、調査費用の賠償が認められる理由として指摘される傾向にありますので、敗訴リスクが高い場合には、否認するかどうかを慎重に判断する必要があります。