破綻の抗弁

不貞慰謝料請求事件で、婚姻が破綻していたから慰謝料の支払義務を負わないという反論がなされることは極めて多いと言えます。裁判所は、滅多に認めませんが、どういった場合であれば認められるのでしょうか。

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夫婦仲が悪いというだけではダメ

Xの配偶者Aと第三者Yが肉体関係を持った場合において、XとAとの婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、Yは、Xに対して不法行為責任を負わないものと解するのが相当である。

最高裁平成8年3月26日 民集50巻4号993頁

不貞慰謝料請求事件で、破綻の抗弁が主張されることが多いのは当然の話です。不貞に及ぶ場合、「妻とは上手くいっていない」などと説明するケースが多いでしょうし、夫婦仲が悪いからこそ不貞に及ぶということも言えるでしょう。しかし、裁判所の言うところの婚姻関係の破綻とは、ほとんど離婚しているのに等しい状態(単に離婚届を提出していないだけ)と思われ、そう簡単に認められるものではありません。たとえば、どれだけ夫婦仲が悪くても、それだけでは、離婚しているに等しいとまではいえません。夫婦は、仲が良いときもあれば、悪いときもあるし、仲が悪いなりに夫婦関係を続けていくケースもあるので、それだけで破綻とはいえないのです。

婚姻関係の破綻の有無は、永続的な精神的及び肉体的結合を目的としての共同生活を営む真摯な意思を夫婦の一方又は双方が確定的に喪失したか否か夫婦としての共同生活の実体を欠くようになり、その回復の見込みが全くない状態となったか否かという観点から検討すべきものと解される。

東京地裁平成29年11月7日

ほとんどの場合、別居が必須

一般に夫婦が同居している事実は、夫婦関係が破綻していないことを推認させる事実であり、同居中に婚姻関係が破綻していることを主張立証するためには、同居の事実を考慮しても、婚姻関係が破綻していることを基礎付ける事実を主張立証しなければならない。

東京地裁平成30年1月23日

裁判所は、同居していれば、原則として破綻していないと考えていると言って良いでしょう。
この裁判例によれば、同居の事実を考慮しても、婚姻関係が破綻しているということを主張立証すれば、破綻の抗弁が認められる余地があることになりますが、「夫婦としての共同生活の実態を欠くようになり、その回復の見込みが全くない状態」(東京地裁平成29年11月7日)を証明するのは、多くの場合、至難のワザです。同居しているのに「共同生活の実体がない」とか「回復の見込みが全くない」といえるのは、よほど特殊な場合に限られるでしょう。

同居している場合で婚姻破綻が認められるとすれば、「永続的な精神的及び肉体的結合を目的としての共同生活を営む真摯な意思を夫婦の一方又は双方が確定的に喪失した」(東京地裁平成29年11月7日)場合だと思います。つまり、既に離婚の合意が成立していたり、離婚調停や離婚訴訟が始まっていて修復の見込みがない状態で、単に経済的な理由から別居できていないという場合です。たとえば、離婚することは合意しているけど、財産分与などの条件面で揉めていて、まだ離婚が成立していない場合、自分の取り分を増やすために、相手の交際を突き止めて慰謝料請求するということが考えられます。既に、離婚に合意しているのだから、相手が誰と交際していても、文句を言う筋合いではないはずなのですが、経済面で有利な条件を引き出すために慰謝料請求するというケースは考えられます。しかし、この場合、同居していても、双方が婚姻継続意思を確定的に喪失していると言えますから、破綻の抗弁が認められる可能性があるでしょう。

破綻していると信用した場合は?

「妻とは離婚するつもり」と言われて始まる不貞は珍しくありません。しかし、単に不貞相手の説明を信用しただけでは、過失がないとは言えません。無過失を認めてもらうのは、ほとんど不可能と言って良いでしょう。

Yは、Aとの交際を開始した時点で、Aが婚姻していたことを認識しており、AからXとの婚姻関係は破綻している旨を聞いていたものの、実際の状況などをそれ以上に確認することはなく、離婚に向けた話合いがされているのかなどの状況を確認していたこともうかがわれないのであるから、XとAとの婚姻関係が破たんしたとはいえない状況で継続していたことを知っていた、又は知り得べきであったと認められる。

東京地裁平成29年2月28日

この場合、破綻していると嘘をついた不貞相手に対して貞操権侵害で慰謝料請求するということは考えられます。実際、「独身だ」とか「離婚した」と嘘をつかれた場合で、貞操権侵害が認められた裁判例は存在します。ただ、裁判所は、不貞行為の一方当事者の違法性が著しく大きい場合にのみ、貞操権侵害を認めていますので、単に「離婚するつもり」とか「夫婦仲が悪い」と言われただけでは、貞操権侵害とまでは言えない可能性が高く、「不貞に該当しない」と嘘をつかれたこと、つまり、独身だとか離婚したと騙されたことが必要と考えるべきでしょう。

体感では9割方無理

破綻の抗弁が認められる裁判例は極めて少なく、現場の感覚では9割方無理です。

しかし、夫婦仲が元々悪かったことが慰謝料減額要素になることはありますので、家庭内別居などを主張することが無意味というわけではありません。

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